海水浴場

海水浴場は波高し。美女が加わり穏やかな海水浴日和となる

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台風一過の海水浴場にて

地元美女との交流談とその顛末

台風ですさまじい姿を見せた熊野灘。台風一過の和歌山県新宮市で出会った女性達との交流を描いている。台風一過の翌日小舟で渡った宿の目前は海。台風被害に遭わなかった宿は風変わりな所にあった。カニが足元に蠢く不思議なところ。和歌山の海水浴と観光の話です
台風の波が激しく打ち寄せる熊野灘。台風一過に新宮の美女と海水浴。そして交流談


◇天気の知識

海にとって台風は迷惑千万ですが、海水の水分をくみ上げ陸上に雨をもたらす役目もあります。

日本に台風がやってこなければ、農作物や山林に水不足の被害を及ぼし、飲料水にも困ることになります。

この台風は年間平均で28個くらい発生しています。

このうち日本沿岸に接近するのは年間11個から15個で、上陸するのは3個から5個です。

沖縄地方には、年平均7個となっていますが上陸といわずに台風が通過といっています。

雨量の多い台風のことを「雨台風」ですが、猛烈な風が伴う強力な台風が来ると大変です。

海岸に近い所では海岸線を守っている堤防を簡単に越える高潮が大きな被害を及ぼします。(高潮についてはテトラのカサゴ釣りの所に詳しく出ています。)

台風は自力で進行方向を決めることがありません。

主に台風の進路を決めるのは周辺の風のながれ「指向風」「一般流」です。

台風の風は中心に向かって流れますが、風が強くなると中心付近では遠心力が強まり風が中心まで吹き込めなくなります。

そうすると雲の中心に丸く穴が開き台風の目が出来ます。

台風の目は、台風の中心に風を引き込む力の関係で大きさが変わります。

勢いが強い時は小さく、衰えてくると風が弱まり中心が拡散しますので台風の目は大きくなってきます。

アメダスの写真で目がパッチリあいているような時は猛烈台風です。

海に行くのはやめましょう。


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多くの人が海を好きな理由として、釣りやクルージングや新鮮な魚介類を食べられるということもがあるが、おそらく一番の理由は心身にたまっているストレスを忘れさせてくれる、心をリフレッシュしてくれることではなかろうか。

僕が最も輝いていた若きサラリーマン時代。

8月の夏まっさかりの頃、同僚と紀伊半島巡りを計画した。

台風が迫っているのに計画を中止せず雨の中を目的地の那智、新宮、串本に向かったことがありました。


 台風で荒れ狂う熊野灘   

紀伊半島に到着した時、強風は微風程度に弱まっていた。

熊野灘に面する鬼ヶ城の断崖の上に車を止め、沸き立つ海面からうなるように迫る猛烈な波が岩に砕け散る音を聞き、沖に見える魔見ヶ島が打ち寄せる大波にすっぽり包み込まれる様子を圧倒されて気持ちで無言で見ていた。

そんな時は自分一人を実感します。人間の物欲も闘争心も親兄弟も友達も何もかも消えて、あるのはただ現実離れした恐怖の海だけです。

ストレスは物理的、精神的、社会的要因から心身に生じたひずみといわれます。

すべてが頭の中から消え去り、無の境地であったわけだから、この台風のさなかの数時間は間違いなくストレスもぶっ飛んでいたに違いない。

その晩は、夜通し鬼ヶ城の進入路の車の中でほえる波が断崖の強靱な岩を打ち砕かんばかりの振動を感じていた。

             


 台風一過の岩の上は

身体の中にエネルギー漲ってくるように感じました。

台風一過、翌日の空は嘘のように晴れ上がり、心身ともすっかりリフレッシュした気分で新宮市に向かいました。

所々、滝のように水が流れ落ちている熊野街道を走り、予定していた那智の滝見物はパスして、濁流となった熊野川の長い橋を渡り、歴史を感じさせる新宮市内に入りました。

台風の余波で立木の倒れたりもありましたが、落ち着いた町並みでした。

まだ波の高い海には出られずということで市内をブラブラしたり、新宮の名物の大きな葉っぱでくるんだ「はりはり寿司」をほおばったりしていました。

野郎二人で?違いますよ。

 新宮の美女との出会い

            

東京で紹介されていた元ミス新宮だったという美女姉妹とですよ。

彼女たちの住まいはすぐに判り、若い男女はすぐ仲良くなりました。

彼女たちの話によると、新宮市は昔から木の国といわれ、気候温暖にして山紫水明の地であり、文豪で詩聖といわれた佐藤春夫や芥川賞受賞作家の中上健次を生んだ町でもあるということだ。


さらにこの町は熊野速玉大社の門前町でもある。

有名な関ケ原の合戦後は、徳川三百年御三家筋の家格を持った紀州徳川家付家老の水野家三万五千石の城下町として栄えたそうです。

市内見物したその夜は、彼女たちが予約しておいてくれたビジネスホテルに宿泊。

翌日、那智勝浦の近くにある海水浴場で、遠浅の砂浜が広がる宇久井浜で海水浴の計画でした。

新宮に迎えに行った家で彼女たちと合流した。

ハマユウの咲き乱れる宇久井浜で浮き袋をとりっこしたり、持ってきてくれたかわいいお弁当を食べながら語りあったり。

ふたりの日に焼かない白い肌の水着姿もただ眺めるだけでしたが、結構けっこうでした。

ただ残念なのはこの浜辺で姉妹が憧れていた東京の銀座、新宿、六本木などの話をしたことを覚えていますが、海中のきれいな魚や磯についての記憶がほとんどないことです。

私は海に行く時はいつもシュノーケル持参で海中探索をするのです。

もしかしたらこの宇久井浜ではシュノーケルを使わなかった可能性があります。

彼女たちは余り泳げなかったせいもありますが、会話の方を優先したからでしょう。

夕方まだ充分に明るい時間、彼女たちを家まで送って行き、その晩予約してある宿に向かいました。

今晩やっかいになる旅籠は海辺沿いに建っており、海が間近に見える駅前から電話をすると「小舟で迎えに行きますから」という。

指定された場所は半島のように突き出た所で、林越えに海が見られる駐車場らしき空き地でした。

しばらくぼんやりと待っていると林の中から半纏を着た中年の男が現れた。

車から荷物を出し、導かれるままに海岸まで降りていくと1艘の和船が桟橋の杭にもやっていた。

ここからでは宿らしき建物は影も形も見えません。

「海に突き出た前の林を回り込まないと旅館に行けないのです。」という話。

この宿は東京の紹介者から一風変わっている宿だと聞いていたが、本人は行けば判るとにやにやして詳しい話はしてくれませんでした。


 足元にカニがぞろぞろの宿

確かに、一風変わっているけど大いに気に入りました。

車で迎えに来てくれるはめずらしくないけれど、和船でのお迎え歓迎は聞いたことがありませんから。

ものの5分、宿の専用波止場に到着し、離れに通された。

離れの部屋の目の前には海しか見えず、夕日がゆっくり沈ん込んで行く様子が最後の最後まで見えました。

そんなに見た目のきれいな宿ではありませんでしたが、この海を独り占めにしたリッチ気分にしてくれるのだから文句なんか言ったら神様が怒ります。

夕食が済んで部屋の外に出てみると、足元には蟹、カニカニカニです。

「夜寝る時は窓の網戸を必ず閉めて」といわれたのも納得です。

寝ている間に大事なところでも挟まれたら大変ですからね。

きっと誰かがやられて大騒ぎしたのだ。

小さいカニでもこれほどいると気味が悪い。

               


 美女に引かれて観光旅行 

翌日は、また彼女たちと一緒。

蕩々と流れ落ちる那智の滝巡りしたあと土産屋さん巡りです。ホントに真っ黒な那智黒飴を買ったり、やりもしない碁石を手に取り、こんなものがウン十万円もするのかなどくだらない話をしながらあちこちの店を覗いていました。

那智の滝の次は、クジラの町「太地」です。数はあまりいませんでしたが、鯨が悠々泳ぐ太地湾を見て以前読んだ「鯨神」という本の辛抱強い鯨採りの漁師を思い出したなどとはしゃいでいました。

観光終了後、新宮の家まで送っていくと2人の母親が「是非今晩は家で晩ご飯を食べていって下さい」。

何を食べたか覚えていませんが、帰りに新宮名物の”めはり寿司
”を夜食用にと土産に貰いました。

寿司といっても、高菜の葉でご飯をくるんだうす味醤油のおにぎりのようなもので、酢飯ではありませんでした。

これが結構大きく、ひとつ食べれば充分な量でしたが、6個も入っていたので、それこそ目をみはりました。

食べ残した4個はたくあんと共に、翌日帰路のお弁当になりました。

 後日談

後日談ですが、新宮のお嬢さん2人は、我々にカニのお宿を紹介してくれた横浜のおじさんの話に次のことを頼んでいたそうです。

東京に遊びに行きたいので、父母に、「自分が面倒みるから行かせてやって下さい」、また「東京に遊びに行った時に案内してくれそうな真面目ないい独身男性を知っていたら紹介ほしい。」

それで僕たち2人が選ばれたというのが真相のようです。

東京に帰る草々、お土産持参で案内嬢達のおじさんとあった時に、「あの娘(こ)達はいい娘だったでしょう。気に入ったら付き合ってやって下さい。東京観光に付き合ってやって下さい」

いいも悪いもない東京の男2人は、「了解ですよ!僕らが接待しますから、ご安心を」。

その秋、2人は念願の東京見物に上京しました。宿は、親の親戚が横浜にいるので、そちらに2晩泊まるということでした。

案内した場所は、銀座、六本木、新宿、東京タワー、浅草そして僕ら2人の勤めている会社を見たいというのでわざわざ休日の会社ビルに連れて行きました。

夜は行きつけの小料理屋で一杯飲みながら、食事です。

同僚よりひとつ上の僕は、当然お姉さんと、同僚は妹と専ら話をしていました。


姉妹は「お互いあの優しい2人の男性と結婚し、東京のような都会に住みたいね。」と言っていたらしい。

妹の方は、私の同僚と遠距離恋愛の末、願いとおりみごとにゴールインしました。

あの新宮の熊野速玉神社の神様に熱心にお願いしたようです。

良かったのか悪かったのかわかりませんが、私は遠距離恋愛ということがネックになって東京見物の二日間だけでさよならをしました。

僕は20代半ばで、結婚なんて考えられませんでしたし、転職のこともいくらか頭にありましたしね。


あの時のことを思い出しているわけではありませんが、台風がやってくると、人を吹きとばさんばかりの風と大荒れの波のしぶきを浴びながら、エネルギッシュな海をずっと見ていたいという誘惑に駆られます。

テレビ中継でアナウンサーが吹き飛ばされそうになりながら実況している姿を見ていると、気の毒にと思う反面、あの現場に行って海を見てみたい思うのは私だけでしょうか。


今回は、青春時代のつまらない話でしたね。

最後までお読みいただきありがとうございました。
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